第3話 近所の人が何人も入ったサザエさんのお風呂

コラムの登場人物

 戦後、銭湯から家庭風呂に変わりつつあった時代は、今よりもずっと家族や親せき、近隣の人たちとの関係が深かった。お湯のある暮らしにもそれはいえた。そうした人々の意識や暮らしに関わる変化を漫画『サザエさん』の四コマ漫画でも見ることができる。
 お風呂やお湯のある暮らしについてであればどんな時代のことでも興味があって、そうした研究に余念がないユウさんなのだが、そんなユウさんにこれは知らないに違いないとエネオくんが唐突に言い出したのは「サザエさんの家のお風呂」だった。ところが、それを受けたユウさん、本棚からサザエさんの単行本を取り出して来てどこか嬉しそうに応えたのだった。

サザエさん19.朝日新聞出版

(c)長谷川町子美術館
エネオくんイメージ

エネオくん:サザエさんの家のお風呂ってずいぶん大きいですよね。子供が何人も入ってお風呂で遊んでワイワイ騒げるほど余裕があるんです。

ユウさんイメージ

ユウさん:それって、今も放映しているサザエさんのテレビアニメのお風呂かな。そのサザエさんの家のお風呂はタイル張りで近代的だ。浴槽の大きさは本来限られているんだけど、テレビのシーンによって大きくなるんだね。四コマ漫画のサザエさんでもそれは同じかな。ここに四コマ漫画の単行本があるよ。これは戦後すぐの1946年から1974年のはじめ頃まで描かれていて、お風呂や銭湯のシーンがたくさん出てくる。戦後すぐの頃から世の中が落ち着き始めた時代の暮らしや意識の変化、世相が分かって面白いんだ。サザエさんや家族のそそっかしさ、いたずら、失敗も楽しいけれど、日々の暮らしの中に定着していったお風呂の話題も面白いんだ。サザエさんは、東京に引っ越してマスオさんと結婚する。実家に同居してからその家にお風呂が入った。洗濯機やテレビよりずいぶん早く丸桶形の木の浴槽がリヤカーで運ばれ、設置されたことが描かれた。

エネオくんイメージ

エネオくん:最初のお風呂は木の浴槽だったんですか。現代のようなタイルじゃなくて?

ユウさんイメージ

ユウさん:戦後すぐの頃は、それが普通だったんだね。漫画を描いた長谷川町子さんは大のお風呂好きだったみたいで、のちにお風呂に入っているときによくアイデアが出たと述べている。だからサザエさんの家にも早くからお風呂は設けられたのかな。お湯に浸かることは日本人ならほぼ誰もが経験していることなので読者の共感も得られやすいよね。例えば、井戸からお風呂に水を運び入れ、薪で焚く大変な労力のこと。お風呂場掃除も大変だった。家庭に水道が敷かれて蛇口から直接水を入れることができると楽になったが、ちょっと油断すると水を溢れさせもったいない、風呂のふたを忘れると湯が冷めてこれももったいないなんてことも…。こうしたシーンが描かれると共感するんだね。
この時代、今と比べて人々の間の関係というかその意識がずっと親密で気軽だったように思える。例えば、親子一緒にお風呂に入るのは当たり前。親戚のおじさんと一緒に入ったり、サザエさんとフネさんが一緒に入るシーンも描かれた。近所の子供がお風呂に入りに来て、子どもだけ入ることもあった。そういえば、近所の子供が来て一緒に夕飯を食べていくなんてこともその時代は良くあったことだよ。

(ユウさんはさらに続けた。)

ユウさんイメージ

ユウさん:戦後からしばらくは銭湯に入りに行くのが当たり前だったけど、銭湯が値上げしたり、ストで休みだったりするとサザエさんの家のお風呂に近所の人達が何人も入りに来る。これも何ら抵抗がなく普通にできたんだね。近所付き合いが今よりもずっと深く、しかも気軽で、自然なことだった。波平さんが銭湯に行って湯船に浸かる人たちとの世間話もどこか自然で楽しいよね。これらの人々の関係を見ると、戦前から戦後にかけて各地にあった様々な共同風呂※や銭湯における相互依存関係を思い出すよね。

エネオくんイメージ

エネオくん:私もサザエさんの単行本、読んでみたいな。

ユウさんイメージ

ユウさん:いつでもどうぞ。サザエさんの家の丸桶型の木の浴槽は、ずいぶん長く使われたけど、1969年頃にはタイルに変わる。それがテレビアニメに繋がるのかな。そして現代の生活に繋がっていく。各家庭にお風呂が入り、近隣から銭湯が減り、近所付き合いも次第に変化していった。

エネオくんイメージ

エネオくん:サザエさんの家のお風呂に近所の人が何人も入りに来たなんて、今では全く想像できませんよね。

ユウさんイメージ

ユウさん:そうだね、現代では一人で湯船に浸かるのが気楽で、他人に裸を見せるのも抵抗がある人も多い。でもね、エネオくん、世帯人数の減少がこれからも進むだろうから、またお風呂をシェアするような暮らし方も出てくるかもしれないね。



出典:長谷川町子.サザエさん19.朝日新聞出版,1995年,p.49

※共同風呂…主に農村集落で何軒かの家や仲間が集まり、水と燃料を調達、沸かす作業を交代で行う自主管理の浴場が共同風呂です。その仲間の家族全員が日常的に入浴しました。顔の見える仲間との交流が大切でした。全国の温泉地には、地元の人が中心となって管理して入る外湯の共同湯・共同浴場が現在でもありますが、共同風呂とはいいません。
(「ガスとお湯の50年~時代とともに、暮らしを豊かに~」より)